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胃をモツで埋めた日のこと

「モツ食べたき心を満たすのはモツのみ」

 

 

昼下がりの仕事中、そんなことわざが私の中に爆誕した。

ことわざというのは爆誕するものなのだなと、そのとき思った。

 

「急がば回れ」ということわざも、

近道だと思って歩き出した道にデカい川が流れていた人が

「急がば回れじゃん!!」と思って爆誕したのだ。

 

「百聞は一見に如かず」ということわざも、

よく分からない機械について「左の方にあるモッコリしたとこを押せばすごく回る」

「拳ぐらいの大きさだけどいざとなると岩ぐらいになる」といろんな説明を受けていた人が、

その機械を実際に見たときに「見た方が分かりやす!百聞って一見に如かないわ!!」と思って爆誕したのだ。

 

 

昼下がりの仕事中、ふと「モツ鍋食べたいな」と思い、

日が沈み始めた頃に「モツ鍋だな」と断定し、

夜、帰りの電車に乗っているときには「材料は西友で揃えるか」と算段を整えた。

 

モツ鍋を一人、家で食べるのは、安く済むわけでもないし別にラクでもない。

しかし他の好物である唐揚げやおでん、ラーメンなどあらゆる夕飯候補が頭に浮かんでは、

モツの弾力にはじき飛ばされて、物凄い速さで消えていくのだった。

唐揚げに関しては一瞬「ググッ…」とモツと拮抗したが、その反動でより遠くに飛んで行った。

 

「モツ食べたき心を満たすのはモツのみ」。

 

 

西友で、どっさりと真空パックみたいなのに入っているモツを買った。

隣に「明らかにこっちの方が一人前に適してるんだろうな」という量のモツが売っていたが、

そのとき、モツならいくらでも食べれる気がしていた私が買ったのは、

レンガぐらいの重みを感じる、大量のモツが詰め込まれたパックだった。

 

少し丸みを帯びたそのパックは、

ちょうど私の胃と同じぐらいのサイズ感(胃を見たことがないので体感)だったので、

単純にこれを全て食べたら、胃がモツでパンパンに埋まるということだ。

 

大興奮した。

 

 

それから、ニラをカゴに入れた。

そのときニラにはあまり興味がなかったが、

モツだけを茹でるのもどうかと思い、他に野菜の候補も特に無かった。

 

自分の意志でニラを買うのは初めてだった。

わざわざ、「私は今日、ニラを買うのか」と思った。

”ニラを買ったことがある”という称号が人生に貼り付けられた。

 

最後にモツ鍋のスープを探した。

まず、鍋のスープが売っているコーナーを見たが、

キムチ鍋、味噌鍋、寄せ鍋…ときて、モツ鍋スープが見当たらなかった。

 

「あぁ、売り場に工夫を施しやがったな、SEIYU」と、

さっきモツが売っていた肉売り場の辺りを見たが、無い。

ビフテキのもと、サムゲタンのもととかはあるのに、モツ鍋のスープは無い。

 

おでんの具とかのコーナーにも無い。

料理のもとが色々と並ぶコーナーにも無い。無い!

 

確かに季節は春の始まりで、

モツ鍋の時期は終わったかもしれないけど、

ここにまだ、モツ鍋を強烈に食べたい私がいるんだから、ねぇ、

無視しないでよ!

 

神様…!

 

 

とりあえず放心状態で、ニラと、大量のモツだけ購入してリュックに入れ、

(トートバッグが無く、レジ袋を買うのを拒んだ)

ニラがリュックからちょっと飛び出したまま違うスーパーに向かった。

「モツ鍋スープ探して三千里」の主人公がいるとしたらこういう姿だろう。

 

そのスーパーでも、鍋のスープのコーナーを見る。無い。

肉売り場を見る。無い。

無い、やっぱりどこにも無い!

 

確かにモツ鍋のスープなんて

別の色々な素材と掛け合わせたら作れるかもしれないけど、

私は、なるべく早く、今すぐにでもモツ鍋を食べたいんだから、ねぇ、

気付いてよ!

 

神様…!

 

 

まいばすけっとにも行った。

セブンイレブンにも、ファミリーマートにも行ってみた。

無かった。

 

 

「こんなに私がモツ鍋を食べたい日に、モツ鍋のスープが見当たらない」ことで、

全世界に自分が見捨てられてしまった気分になった。

誰も私のことなど見ていなかったのだ。

神様は私の今日、この欲望を、どうしても叶えたくないのだ。

 

時間は21時50分頃だった。

予定ではすでにモツ鍋の温もりを感じているはずの時間だった。

 

もう半分諦めていた。

これ以上、モツ鍋スープが売っていることを期待できそうな店は思い浮かばなかったし、

調べたら、寄せ鍋のもとでも出来るという情報を得た。

 

モツ鍋を食べたいと願い続けた自分には申し訳ないが、

無いものはしょうがない、そうしよう。


 

最後、全く期待していなかった近所の昔ながらのスーパーに行く。

閉店間際で、客ももう誰もいなかった。

店員さんもなんとなく店じまいをしており、

やっぱり誰も私がモツ鍋を食べたいことなど知らないのだと実感した。

 

店内を早歩きで進んで鍋のスープのコーナーに行くと、

鮮やかな紫色のパッケージが目に飛び込んできた。


本当に、なぜか、他のものなど一切目に入らず、

今その場面を思い出しても、

ぼやけた中に、その紫だけが光っている。



煮込まれているモツの写真…。

「もつ鍋」の文字…。

 

あった!と思うより早く「それ」を抱きしめ、

祝福するかのように”蛍の光”が流れる中、レジへと走った。

 

 

 

あった。

モツ鍋のスープを買えた!

 

 

家に帰り、

今日一日の「モツ鍋食べたい」という気持ちを叶えられる喜び、

もう十数分後にはモツ鍋を味わっている喜びで、すでに胸が満たされる。

 

まずニラを切った。

ニラを切るのも初めてだったので、

「根っこの方を食べたら笑いが止まらなくなる」というような

副作用のある野菜だったらどうしようと、思わずググる。

 

安全だと知りすべて切ったニラと、

実は買っていたハイボールとストロングゼロを卓上に置き、

IHコンロごと持ってきて、鍋を設置し、モツ鍋スープを流し込む。

 

そして、ふつふつと、よき頃合いで、

パックを開け、鍋に思いっきりモツを投入する。

最幸の瞬間だ。

 

「ドゥルン…ピシャッ!!!!」

 

 

 

”脳”が出てきたのかと思った。

 

パックの中に詰まっていたモツは、

もう、そのまんまの形で登場し、モツ鍋のスープに着地した。

 

それをなんとなく菜箸でほぐす。

全然ほぐれない。これは本当にモツになるのか。

 

テレビをつける。片手間にモツをほぐす。

片手間にモツをほぐすなんてことがあっていいのか。

  


どれくらいほぐしていただろうか。

やっと私の思い浮かべていたモツが、ひとつ、ふたつ、

スープの中を漂い始めた。

 

そこに、ニラを「ふぁさっ」とかぶせる。

お布団のように。

長旅に連れ回したモツだったので、よく眠ってほしかった。

 


家になぜかあった鷹の爪もなんとなくひとつ乗せた。

意味があるのか分からなかったけど、それっぽくなった。

 

ニラがしんなりしてきたところで、

モツを口に運ぶ。

 

 

うまかった。

それはそれは、うまかった。

「プリプリ!」とかベタなことしか言えないので特に詳細は描かないが、

ずっと食べたかったものをまさに食べている瞬間というのはなんと幸せなんだろう。

 

モツを食べ、ハイボールを飲み、ニラを食べ、

「ニラってうまいな」と思い、またモツを食べる。

 

人生をうまく過ごせた日だと実感した。


 


しかし、3分の2ほど食べたところで、満腹感が芽生え始めた。

大量のモツなので、残り3分の1でやっと一人前ぐらいの量だ。

 

あれ、いくらでも食べれると思ったのになんでだ。

モツで腹が膨れることってあるのか。

いくらでも、ぱくぱく食べられるものなんじゃないのか…

 

そう思いながらも、お酒があると食べ進められるもので、

ひとつ、ふたつ、脳内で存在感を増してゆくモツを噛み締めた。

 


 

気付くと、「ニラ」が救いになっていた。

 

ニラがあるからモツを乗り越えられる、

モツの休息がニラ、ニラを挟まないとモツにいけない、

 

救世主・ニラ状態だった。

 

 

「お腹いっぱいだ」と思いながら、

なにかを孤独にほおばっている姿はむなしい。

 

モツをたくさん食べたくて、大量に茹でて、

お腹いっぱいになってしまっている自分、

その背中を客観視して、

「悲しい。誰か漫画化してくれ」と思った。

 

漫画の中ではあんなに輝く一人飯も、現実ではこうだ。

誰も「ハフハフ」する私のことなんて見ていないのだ。

ただ一人、ハフハフする音が、こだまするでもなく、息のように消える。


 

 

そしてモツ鍋を食べ終えた。

ちょっとむなしいというだけで、

最後までおいしかったし、この上ない満足感がある。

今日は、本当にいい日だった。

 

 

 


 

一息ついたしばらく後、私の喉からモツが出てきた。



  

あぁ、そうだ。私は、

自分の胃のサイズと同じくらいの量、

モツを購入し、それを全て食べたのだ。

さらにニラ、スープも楽しんだ。

 

私の胃を今切り開けば、

買ったままの、あの真空パックされたような姿でモツが出てくるだろう。

 

そりゃ、喉からモツも出るか。

 

 

 

あぁ私は、モツをたくさん食べたくて、大量に茹でて、

お腹いっぱいになってしまって、

挙句の果てに喉からモツを出してしまった。 


ひとつ、ふたつ、喉から出ていくモツを、

なんとも言えない気持ちで見つめる私の中に、

      




 

「モツ欲張れば喉から逃げる」

 

 



ことわざが爆誕した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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コメント: 3
  • #1

    マイケルビバー (木曜日, 18 4月 2019 16:19)

    時計の針は21時50分を指している、ドゥルン…私はエンジンをかけた、相棒である鮮やかな紫色のベスパは走り出してすぐ"ピシャッ‼︎‼︎"水溜りを踏んでしまったようだ。
    思ったより濡れてしまった、このやるせない気持ちを鎮めるため一度路肩に停めタバコに火を付けた。
    「ハフハフプリプリハフハフプリ…」すると、どこからか小さな声が徐々に大きくなりながら近づいて来ている。
    耳元まではすぐそこまでの距離…その瞬間‼︎


    ハイ、ドーモーミズタマリボンドデスー。ネッ、マイニチドウガガンバッテイキマショウ。トミーデス、カンタデス。ヨロシクオネガイシマス。

  • #2

    ドリューバリモア (木曜日, 18 4月 2019 16:24)

    今日モツ鍋にします!
    モツ鍋の素が無かったら パテ・ド・カンパーニュ(細かく刻んだ肉をパイ生地に包み焼くフランス料理。果物や酒などを加えることで上品な味に仕上がる。)にします。

  • #3

    通りすがり (木曜日, 18 11月 2021 03:43)

    明け方に読んで一人で涙しながら爆笑させてもらいました。お腹痛い。持つ鍋食べたい。