· 

頼るべき機械

 

「このトイレは自動で流れます」

 

目の前の貼り紙にそう書いてある。

しかし、私はこの言葉を信用したことがない。

 

本当に流してくれるんだろうか?

 

いや、でも、断言している。

 

「このトイレは自動で流れます(流れなくても一切責任は負いません)」

「ちょっとぐらいなら自動で流れます」

「成功者の声多数!あなたも騙されたと思って、流さずに外に出てみてください」

 

という、危ない企業のような言い方をしていない。

 

「流れます」と言い切っている。

よほど自動で流すことに自信があるのだろう。

 

 

しかし私は、毎回必ず自分で流してしまう。

 

 

だって、貼り紙を信じて流さずにトイレを出たのに、 

ドアの向こうから流れる音が確認できず、

すぐそのトイレに他人が入っていったら……。

 

私はどうすればいい?

 

外からドアをドンドンと叩きながら、

「そいつが……っ、そいつが流してくれるって言ったんです!なのに!!」

と叫びたい気持ちをこらえて、走って逃げ出すだろう。

 

そんなことが起こり得るぐらいなら、

機械のことなんか信じずに【己の手で流す】。

 

そんなスタンスで、生き続けている。

 

 

しかし、世の中のトイレは、

だんだんと自動で流すことを当たり前にし、

流すレバーやボタンを無いもののように扱い始めている。

 

これを押すと流れます、という表示がない。位置が分かりづらい。見つけられない。

 

たしかに、自動で流れるのにわざわざ自分で流す奴なんて、

ドラえもんの誕生まであと100年を切っているこの2017年で、

未だに機械を信用できない、私のような疑い深い人間だけかもしれない。

 

でも「こちら側のどこからでも切れます」と、これまた断言している醤油が開かないときに、

切り口がついてればなと思う。

 

そういう回避技というか、保険というか、確実に成功できる手段が欲しいだけなんだ。

 

 

で、ボタンとかレバーは減ってきている気がするが、代わりに増えているのが黒いセンサーだ。

「手をかざすと流れます」というやつ。

 

私は、あれ、六割ぐらい、音姫の方と間違える。

 

流すために手をかざすと、「ジャロジャロジャロ……」という川のせせらぎが聞こえてくる。

もう用が済んで流したいのに、水が流れる音を聞いてどうする。

 

あと、関係ないけど、音姫の音ってなんで"小"に寄せているのだろう。

実際に聞こえる音と大差ないので、拍手の音とかにしてほしい。

 

嫌か。

 

 

 

自動で流れるトイレに話を戻すと、

学校のトイレも自動で流れる。

 

流れすぎる。

 

まだ用が済んでないのにガンガン流れる。

 

というのも、和式の前の方にセンサーがついており、少しでも動いたりなにかが触れると流れてしまうのだ。  

 

流れる度に、悲しくなる。

こいつは役に立っているつもりなのかもしれないが、ただ水を無駄にしているだけだ。

 

過剰に働く和式便所を見ながら、

そんなに流さなくて良いんだよと抱き締めたい気持ちに駆られるが、

衛生面が気になり撫でてやることさえ出来ない。

 

 

ずっと考えている。

自動で流れて良いことってなんなんだ。

 

楽なのか?でも別に流すことぐらいそんなに苦じゃないし、

「トイレいちいち流すのがだるい」なんて言い出したら人間はどこまで機械に頼ることになるのか。

 

 

ところがだ。

そんなことに頭を悩ませていたある日。

 

トイレ(自動で流れない)を出て、そのあとに入った知り合いに「あれ?流さない派なの?」と言われたのだ。

 

そんな流派の奴いるか。流す派しかいないだろ。

 

流したつもりだったというか、意識もせず、私はただ、流すことを忘れていた。

 

なんということだ。

 

恥ずかしくて逆にヘラヘラしながら、「自動で流れれば……」などと心の中であの機械を求めたのだった。

 

 

その後日。

トイレに入って、リュックをドアにかけ、スマホをトイレットペーパーホルダーの上に置いた。

 

「スマホを忘れないように」ということだけに気をつけて身支度をし、トイレを出る。

 

すると、ドアの向こうから、流れる音がした。

 

ハッとする。私ったら、また流すことを忘れていた……。

そして、トイレが自動で流してくれた……。

 

 

 

私は自動で流れるトイレを未だに信用していない。

が、それ以上に自分を信用できなくなった。

 

そしてそんな物忘れの激しい私を時々助けてくれるのは、

他の誰でもない、自動で流れるトイレなのだ。

 

 

私は今日も、トイレを流すためのセンサーに手をあてながら思う。

 

いつか、機械を信じて、流さずに立ち上がり、

思いきって外の世界に出られる日が来ると良いな……と。

 

 

 

そんな願いをかき消すように、

音姫のせせらぎが響き渡った。