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ワインの本

私は目覚ましのスヌーズ機能を5回止めてやっと起きる。

もはや、5回止めてやっと起きたときにちょうどいい時間になるように設定している。

 

遅刻寸前。急いで職場に向かいながら、毎回後悔する。

 

スヌーズ機能をあと3回早く止めていれば、

気になる展覧会に行けた、評判のいい映画を観れた、

雑誌でしか見たことのない駅を訪れて、

入ったことのない定食屋で朝ご飯を食べることができた、

 

そういう世界線が存在したんじゃないか……。

 

 

「おすすめしたあのドラマ観た?」

「観たいって言ってたあの映画どうだった?」と聞いてくれる人に対して

「いえ…ちょっとまだ観れてなくて…」とうつむきながら答える度に、

アラームを止めてフゴフゴと寝ていた自分を脳内でぶん殴る。

 

ぶん殴っても、脳内の私はまだ寝ている。

そのくらい、朝はどうしようもなく眠い。

 

 

そういう日が繰り返されると、

「おそらく大量の時間を無駄にしてしまっている」という後悔が積み重なる。


そして、  

自分を磨きたくても、なんの知識も情報も趣味も無いがゆえに

カラカラに干乾びているスポンジのようになっていることを自覚し、

とってつけたように「何か吸収しないとやばい」と焦り出す。

 

 

仕事がちょっと早く終わった日、

「何か吸収できそうな場所」として思い浮かんだのは

六本木にあるオシャレなでっかいツタヤ書店だった。

 

ガラス張りの、カフェもある、

優雅な大人と、カルチャーを知る人々が集うような感じの、

「お金持ちな友達の家の電気って

 明るい真っ白のやつじゃなくて、茶色だったよな」

ってことをなんか思い出させる、そういう書店だ。

(説明として合ってるか分からない。)

 

 

店内に足を踏み入れる。

本が大量に並んでいる。雑誌も絵本も小説も写真集もある。

私は今日ここで100個くらいの知識を脳に入れ、

現在の流行を把握し、世の中の動向を知るのだ。

ウワハハハハ……!

 

と歩き出すと、さっそく、

ワインに関する本が並ぶコーナーに出くわした。

ワインに合うおつまみ、ワインが美味しいお店。

そんな雑誌の見出しを見て、

「ワインを知ればこんなにも人生が豊かになるのか」

と思ったが、興味がもてず、ふと考えた。

 

 

「ワインを舌で転がしてその味が分かる人の人生と、

 私の人生の分岐点って、どこだったんだろう?」

 

だって、私は、ワインが美味しそうなバーを見つけたって

「こういうお店に入れる人々もいるんだな」と想像してみて

通り過ぎる以外の選択肢を選べない。

 

でも、まさにこの六本木とかをヌボヌボと歩いていると、

自分と同じくらいの年齢の人々が、

路地のバーに入り、クラブの重々しい扉から出てくるのを目撃する。

 

(”ヌボヌボ”という効果音は、

 イケてる街でイケてる人を横目に一人で歩いてるとき、

 脳内に流れる自分の足音だ。

 なんかヌボヌボしている。背中にコケが生えてる感じがする。)

 

どこで、どうしてたら、私もバーに入り、

クラブから笑顔で出てきて、

高級なレストランに並ぶ人生を歩んでいたんだろう。

 

どこが分岐点で……?

 

 

それから、どの本を見ても、

自分の世界から遠く離れている気がした。

 

 

死ぬまでに行きたい世界の景色が載っている本。

「行きたいけど、死ぬまでに行けなさそうだな…

 飛行機の乗り継ぎとか難しそうだし、

 言語も、海外のお金のこととかもよく分からないし」

 

優れたデザインの本。

「高校でデザイン科に通ってたくせに、

 なにが優れててなにが優れてないのかよく分からないままだ。

 読んでも分かった気になるだけだろうな~」

 

人生を変える方法、人の心を掴む方法などが書かれた本。

「読んだら影響されて自分が無くなりそうで嫌だな」

 

出世したければ○○しろ!という本。

「なんで命令形なんだろう」

ファッション誌。

「カシュクールって何?」

カレーをスパイスから作れる本。

「作るのめんどくさいな」

簡単な丼ぶりが数分で作れる本。

「作るのめんどくさいな」

写真がうまくなる本。

「カメラ持ってないしな」

大人の塗り絵。

「塗ってもな」

ハイレベルな折り紙の本。

「折ってもな」

編み物の本。

「編んでもな」

犬のしつけの本。

「飼ってないしな」

 

どの本を手に取ることもなく、店内を一周していた。

 

なにも心に引っかからなかった。

本が悪いんじゃない。

気付いたらなにも引っかからない心になってしまっていた。

 

「世の中に興味がねぇンだよ…」とぼやきながら

黒いフードをかぶってチュッパチャプスを舐めるようなキャラクターを目指しているわけじゃない。

 

だって、めっちゃ興味がある!!

この世のすべての人の人生に興味がある!

行きたい場所もめっちゃある!

日本中の温泉に入りたい!

食べたいものも数えきれないぐらいある!

趣味も欲しい!正しいコーディネートも知りたい!

数学とかもちゃんと勉強したら楽しそう!

海外の美術館に行ってみたい!!

宇宙の秘密も知ってみたい!!!

 

 

と、思い込んでいた。

 

自分は本屋に来れば、

見かける本をことごとく手に取って読むほどに

世の中知りたいことだらけで、

休日には電車に乗って気になる地へ出かけ、

早起きすれば映画の1本や2本観て、

美術展に行けば感銘を受け、

それを自分の創作意欲にして、

なにかをまた生み出すことができる。

 

そういう人間だと思っていた。

 

 

こんなにたくさんある本のうち

一冊も読まない、実現しようとも思わない人間だった。

 

だって頭では分かっている。

 

ワインを知らないならそこにあった

「ワインの基礎知識」という本を買って読み、

数千円払って買えるワインもあるんだから試しに飲んでみればいい。

 

一度だけでもいい、カレーをスパイスから作ってみれば

知ることがたくさんあるはずだと分かっている。

 

 

全部そうだ。

あらゆる理由をつけて自分には分からない、

自分にとっては遠い世界だ、

だってそうだよね、ここは六本木の本屋だから、

おしゃれな場所だから、

別に手に取りたい本が無くたって、

私の興味は、きっと他の場所にあるんだよね。

 

と言い聞かせて、

超めんどくさがり屋な自分を認めたくないだけだろう。

 

 

 

それが知れただけでもよかったよ。

だって午後に目覚めて後悔することはもうない。

どうせなにもしないんだから。

 

ワインを知る人の人生と

私の人生の分岐点は、

今日このような日にあったのだと思う。

 

 

 

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コメント: 4
  • #1

    ワックス (日曜日, 01 12月 2019 01:20)

    更新があるたびに拝読しております。
    私も社会人デビューしたばかりです。
    どうかハッピーであれ

  • #2

    大野 (金曜日, 13 12月 2019 20:30)

    ちまきさんもそうなんですね。
    人は皆、素晴らしいし、クソだし…色々切ないですよね。
    どーやって生きていったらいいんでしょーねってなりますよ、そりゃ。

    ただ…この間ある深夜ドラマを観てて、主人公の男が、昔付き合ってた彼女の口ずさんでいる歌をふいに歌ってるシーンがあって、その歌が松田聖子の『瑠璃色の地球』という曲だったんですが、なかなか良い曲で。
    自分は初めてその曲を知ったんですが、「地球も悪いトコじゃないかもな」とふと思ったので、生きてるってこういう小さな救いがあるのかなと思いました。

  • #3

    とおりすがりのじじぃ (日曜日, 15 12月 2019 14:23)

    お初です。
    人生の分岐点なんて、過ぎて結果が出てもわからないんじゃないかなw
    じぶんは、現在派遣。
    その前は、15年ほど自営、(職業は4回ほど変わりましたけどね)
    そのまえは会社員、
    その前は学生
    どこに分岐点が?

    判りません。
    判るのはどこかで自分が決断したってこと。
    周りからの影響があったとしても自分が決断をしたからそちらへ進んだってこと。

    つい先日、派遣先を変えようと決断した。
    派遣先から、年俸120万UPで引き止められたが断った。
    傍から見たらなぜ断る? となるけどことわった。
    それが決断。
    だけど分岐点なのかどうかはわからない。
    人生終わってないから。(そろそろ終わりは近づいてるけどねw)


    がんばってねー

  • #4

    へいぞー (土曜日, 21 12月 2019 22:24)

    ちまきさんの言葉思考のセンスの良さに悔しさが芽生えます。そして、悔しいけど面白く共感出来るから、パクって使ってしまいます。自分も自ら生み出せる人になりたい。